完全自動運転車時代と保険

慶應義塾保険学会 常務理事 吉田 浩二

元・日本損害保険協会 常務理事

元・三井住友海上火災保険株式会社 常務執行役員

 

 

ついに囲碁において世界トップクラスのプロ棋士がコンピューターに敗れる日がやってきた。

 

今年3月中旬、グーグルが開発したプログラム「アルファ碁」が、過去18回も世界チャンピオンに輝いた韓国のトッププロ棋士イ・セドル9段を4勝1敗で圧倒したのである。「アルファ碁」はAI(人工知能)であり、ディープラーニングという手法を使って囲碁の技量を飛躍的に上げたプログラムである。戦前の予想では、まだトッププロには敵わないであろうとの評判であったが、予想を覆し圧勝する画期的な出来事であった。

 

現在、このグーグルがAIを駆使して完全自動運転車開発においても世界をリードしている。昨年プロトタイプという試験車を走らせることに成功した。圧倒的なコンピューター技術が、完全自動運転車の実用化に向けて自動車メーカーに先んじてグーグルを最も近い位置に置いている。また、IT業界の巨星アップルもまた自動運転車の開発に着手している。

 

こうなると自動車メーカーもうかうかしていられない。既に、ダイムラーベンツ、日産が2020年までに完全自動運転車を市場に導入すると目標を公表している。時期は明らかにしていないが、トヨタ、ホンダも開発の意向を表明している。世界の名だたる企業が入り乱れて開発競争しているので、ガレージからガレージまで自動運転する自動車で道路が埋め尽くされる日が来るのもそう遠い将来ではないかもしれない。2050年ごろとの予測もある。

 

このような夢の世界を実現するための障害は、既にコストやインフラや技術の問題ではなく、法的賠償責任をどうするか、立法に向けての政治家の姿勢はどうか、果たして消費者が受け入れるのかという問題にあるといわれている。 逆に、これらの社会的問題を解決しないとこうした夢の車社会の実現は難しいともいえる。なぜなら、完全自動運転の車では、ハンドルも、アクセルペダルブレーキペダルもなく、人間が車を運転しなくなるのである。

 

車がセンサー、GPS、車載コンピューターとネットワーク通信で動くようになるからである。こうなると自動車事故は無くなるのか。すべての車が自動運転となり、コンピューターが正常に機能するかぎり理論的には衝突事故は無くなると考えられている。しかし、センサーもコンピュ-ターも機械であり一定の故障はあり得るし、予測できない事態に遭遇しないとも限らない。また、すべての車が自動運転に切り替わる前に在来車との混在期間も相当長期に渡ると予測されるので、賠償責任論からいえば複雑な賠償関係が相当長期間併存することになる。

 

それでは、保険はこうした状況にどう対応していくのであろうか。自動運転車については、無過失責任を導入すべきとか、すべて製造物責任しろとかいろいろな議論があるようだが、法律関係をどう政治家が整備していくかにかかっており、保険の形もこれに依存するということになろう。

 

保険ビジネスに関していえば、車の自動運転化が人間の過失によっておこる事故を大幅に減らすので、社会的なロスコストは減少すると予想される。したがって、保険がどういう仕組みをとるかにかかわらず、こうした社会を支えるための保険料収入総額は減少することになろう。更に、自動運転化でカーシェアリングが進み、車を所有する家庭は大幅に減るとの予測もあり、少子化と相まって自動車保険のマーケットの大幅な縮小を懸念する向きもある。こうして自動運転車時代の到来が、自動車保険(自賠責保険を含む)が収入保険料の6割を占める日本の損害保険業界に大きなインパクトを与えることは間違いなさそうだ。                   

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