『新型コロナウィルス感染症を巡る生命保険業界の取組み報告書』の公表を受けて

慶應義塾大学商学部講師

・生命保険協会調査部主任

内藤和美

 
 

 新型コロナウィルス感染症拡大から2年以上経過しましたが、現在も予断を許さない感染状況が続いています。2022年4月19日時点で、世界の感染者数は累計5億人を超え、死者数は約620万人にのぼっており、新型コロナ感染拡大によるパンデミックは、世界的に大きな影響を及ぼし続けています。

 

 保険業界は新型コロナ感染拡大の影響を大きく受けた業界の1つですが、コロナ禍はもとよりウィズコロナ時代へと移行しつつある中でも、加入者である個人や企業のリスクへ適切に対処し、迅速に保険金・給付金を支払うことなどを通して社会的使命を果たしています(注1)

 

 そのような中で、2022年4月15日、生命保険協会(会長:住友生命保険の高田幸徳社長)が取りまとめた報告書『新型コロナウィルス感染症を巡る生命保険業界の取組み報告書』(以下、コロナ報告書)が公表されました。コロナ報告書は、コロナ禍での生命保険業界の取組事例をまとめるとともに、コロナ禍を契機として加速した生命保険業のデジタル化の進展状況を会員各社へのアンケート結果を基に分析しており、ウィズコロナやポストコロナ時代におけるわが国の生命保険業の役割や危機管理のあり方を示唆する貴重な内容となっています(注2)

 

 また、コロナ報告書では、わが国との比較で海外主要国の状況についても取り上げられています。これは、欧米主要4ヵ国(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス)における政府監督当局ならびに保険業界のコロナ対応や保険会社のデジタル化事例について調査をしてほしいとの依頼が協会調査部にあり、依頼内容に基づいて調査・報告を行ったものです。そこで以下では、コロナ報告書の海外主要国の状況について、いくつかポイントを紹介させて頂きたいと思います。

 

【新型コロナウィルス感染症を巡る動向】

 欧米4ヵ国の感染状況を見ると、アメリカが感染者数・死者数ともに世界1位で圧倒的に多く、次いでフランス(4位)、ドイツ(5位)、イギリス(6位)の順に感染者数が多くなっています。これに対し、日本は感染者数(16位)・死者数ともに4ヵ国を大きく下回ります。日本の死者数の水準が欧米4ヵ国と比較して低いことは、超過死亡率(コロナ流行以降の死者数とそれ以前の実績に基づく予測死者数との差の、予測死者数に対する割合を指数化したもの)からも明らかです。欧米4ヵ国では、感染の波とほぼ同期して超過死亡率が上昇し、本格的なワクチン接種が開始するまではその変動幅も大きかったのに対し、日本はコロナ流行後もゼロ近傍で安定的に推移しており、コロナによる超過死亡率への影響は極めて小さいことが分かります。

 

 また、日本のワクチン接種率の高さも注目すべき指標です。Our World in Data(2022年3月末現在)によれば、日本では少なくとも1回のワクチン接種を受けた人の割合が81%で欧米4ヵ国より高く、原則2回接種を完了した人の割合も80%と最も高くなっています。日本のワクチン接種率の高さは、死者数の水準の低さに寄与しているものと推測されます。

 

【生命保険業界の動向(新型コロナ対応)】

 欧米4ヵ国における保険業界の新型コロナ対応については、日本の保険業界で実施されている加入者への特別取扱いのうち、保険料払込猶予期間延長の実施は見られるものの、契約者貸付の利息免除、災害時の保険金を割増しで支払う保険、「みなし入院」への給付金支払いの取組みは、欧米4ヵ国では見当たりませんでした。一方、欧米4ヵ国では、将来のパンデミックリスクに備える官民共同の補償スキームの創設が検討されている点やオンライン診療も活用した医療関連サポート(メンタルヘルスを含む)が積極的に実施されている点が注目されます。

 

【生命保険業界の動向(デジタル化)】

 新型コロナ感染拡大とそれに続くロックダウンを受けて、世界の多くの保険会社がデジタルビジネスモデルへの移行を加速させました。欧米4ヵ国の保険会社においても保険バリューチェーンの各要素においてデジタル技術の活用が一層進展し、顧客の利便性の向上と保険会社の業務プロセスの効率化が図られました。また、保険会社による遠隔医療(テレヘルス)をベースとしたオンライン診療サービスも拡充しました。さらに、保険会社とインシュアテック企業・デジタル保険会社との提携等も促進されています。

 

なお近年は、国際的な気候変動への対応やSDGsの積極的な取組みの推進において、保険のレジリエンス効果(保険レジリエンス)が重視されるようになっています(注3)。わが国と世界の保険業界は新型コロナ感染拡大という難局を力強く乗り越えて、まさに保険レジリエンスを発揮してきたといえますが、ウィズコロナ、ポストコロナの時代においても引き続き保険業界が果たす社会的役割は大きいものと思います。

 

注1:内藤和美「新型コロナウィルス感染症拡大と保険業の役割」(2021年3月4日保険ひとくちコラム)。

注2:生命保険協会ニュースリリース「新型コロナウィルス感染症を巡る生命保険業界の取組み報告書の作成・公表について~後世の危機管理とデジタル化等推進の一助として~」。

注3:堀田一吉(2021)「巨大災害と保険レジリエンス」保険研究第73集、1-33頁を参照。

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