「リスクと危険」と保険学

慶應義塾保険学会理事長

堀田一吉

 
 

 新年あけましておめでとうございます。昨年は、慶應義塾保険学会設立70周年を迎え、11月には、明治安田生命の荒谷雅夫副社長に、「SDGs達成に貢献するESG投融資の推進」と題する記念講演をしていただきました。当日は、平日の夕方にもかかわらず、200名を超える出席者があり、盛況のうちに皆さんとお祝いすることができました。この70周年を節目として、新たな活動に向けて決意を新たにしたところです。

 

 さて、現代社会は、ますます不確実性が高まっています。3年前に勃発したコロナ禍は、未だに終息の兆しを見せていません。昨年秋からの為替相場の乱高下は、日本経済の先行きを不透明にさせています。そして、昨年2月に発生したウクライナ戦争も世界経済に深刻な影響をもたらしています。さらには、地球環境問題は、一層深刻な事態を招いており、人類の存亡をかけた対応策が求められています。現代社会における不確実性は、ますます増幅しています。

 

 著名なドイツの社会学者であるニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann)は、『リスクの社会学』という著書の中で、不確実性すなわち未来の損害の可能性を、リスク(Risiko)と危険(Gefahr)を区別しています。リスクとは、人が自ら行った決定の帰結で発生する現象で、自己決定が未来の損害に帰属するものであるとしています。これに対して、危険とは、そのような未来の損害の可能性が自分自身のコントロールの及ばない原因による現象を指すとしています。言い換えれば、リスクは原因者が特定され、損害を能動的に発生させるものであるのに対して、危険は、原因者が不明であり、受動的な損害であるとします。

 

 この区別は、大変に示唆に富むもので、私自身、さらに深く考察してみたいと思っていますが、この文脈に従えば、日常生活の中で発生するリスクは、自己責任を原則に処理されるべきものであるのに対して、自然災害など原因者の特定が困難な現象に対しては、広く社会全体での対応が求められています。そして、原因者の特定が困難な現象が増えているのが現代社会の特徴と言えるのではないでしょうか。

 

 いずれにおいても、保険は、不確実性への対処策として中心的役割を担うべき重要な存在ですが、そこでの保険のあり方は、リスクなのか、危険なのかを分けたうえで議論をすべきだと思います。そして複雑化する現代社会の中で、改めてリスクと保険の関係性を問い直すことは、保険学の重要課題と言えます。保険学会では、こうした保険の現代的役割について議論を深めながら、保険のあるべき姿を真摯に考究していきたいと思います。

 

 皆様、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ページの上部へ戻る