「商品としての保険」と「制度としての保険」(その3 完)

獨協大学経済学部 教授 岡村 国和

 

 

前回の続きで、このコラムの最終回です。

 

(3) 民間保険には「所得再分配機能」(恐らく所得格差是正機能(所得の垂直的再分配)の誤解だと思います)がないという意見を聞いたことがありますが、保険はそれ自体「所得再分配」(所得移転という方がしっくりくるかも知れませんが)の仕組みを有しています。「事故が起こらなかった者から事故が起こった者への所得移転」で、これを「水平的再分配」もしくは「保険的再分配」と呼んでいます。

 

商品としての保険には確かに「所得格差の是正」という政策目的は含まれていません。

 

しかし、実は平均保険料率自体にも「所得格差是正」の要素は政策的には含まれていないのです。つまり、「保険料拠出時にリスクの大きさを考慮せず、低リスク者から高リスク者へ保険団体内で内部補助が行われること」が政策意図です。「自動車損害賠償責任保険(自賠責)」を例にして考えてみましょう。この保険は一種の弱者保護として、リスクの大きさにかかわらず全員一律の保険料率である「平均保険料率(基準保険料率)」を採用しています。しかし、場合によっては「高所得かつ高リスク者」は「低リスクかつ低所得者」から内部補助を受けることになり、「所得の逆垂直的再分配」になりえます。この例で分かる通り「平均保険料率」自体には「所得格差を是正する」という政策目的は意図されていないのです。

 

(4) 最後に、「給付・反対給付均等の原則」と「収支相等の原則」の相互関係を再度確認してみましょう。かなり簡略的になりますが、

 

  ① P=(r/n)・Z (個別保険料率:給付・反対給付均等の原則:等価交換性あり)

  ② P=(∑r・Z)/n (平均保険料率:等価交換性なし)

  ③ n・P=r・Z(収支相等の原則)

 

やや乱暴ですが、①②のどちらも(両辺にnを掛ければ)③収支相等になります。つまり、民間保険も社会保険もともに仕組みとしては保険であり、前者①のみが給付・反対給付均等の原則を維持しており、等価交換性があるため「商品としての保険」になるのです。つまり、「(純)保険料は二種類ある」のです。

 

ちなみに一般的な保険のテキストでは①→③(演繹法)または③→①(帰納法)で説明(その1で紹介したテキストは前者)されていますが、後者で③→②を並行して説明しているテキストは少ないです。「保険は誰のための仕組みか?」を考える場合、「演繹法」のほうが適しているといえるでしょう。なぜなら、③「帰納法」でも「個別保険料化」により個別保険料に近づける(保険料の細分化)していますが、もともとは保険者(もしくは制度運営)に力点を置いた考え方であり、極端に言えば、契約者に多少の不平等(数理的公平性に欠ける)があっても、「制度の維持(収支相等)」が達成できれば良いとなり、これを第1原理に置いてしまうと、民間保険の商品としては(言い過ぎになるかも知れませんが)契約者不在(あるいは軽視)と受け取られる恐れが生じてしまうでしょう。

 

 かなり回りくどい表現になりましたが、保険の実務を担当しておられる方々も「理屈のこねくり回し」と思わないで、こうした保険に関する理論的な諸原則に目を向けて頂ければと思います。

 

 

 これまでみてきたように、歴史的にも理論的にも「商品としての保険」と「制度としての保険」にはそのルーツや考え方に違いがあるといえるでしょう。

 

 

 最後に、余談になりますが、かつて経済人類学者のポラニ-(K. Polanyi)は、『大転換』(1942)(新訳版でのスティグリッツの序文も格調高い)で、人類社会を統合する3大原理として「互恵(相互扶助)」、「再分配」、「交換(市場交換)」を挙げました。そして彼は、資本主義社会ではこれまで縁の下の支えであった「交換」が「市場交換(商品)」として突出し、旧来の社会秩序を「大転換」させ、それ以前にあった「社会の規律」や「助け合い」などの社会通念をその足下に埋めてしまったと述べています(埋込み理論)。ポラニ-の目で保険を見るとどのように映ったのでしょうか。とても興味があります。

 

 

保険はこの人類社会統合の3原理を全て具現している貴重な存在であり、私は人類の大英智の産物の1つであると思っています。保険を勉強する楽しさを皆さんも感じていただければ本当に嬉しいです。

 

 

(本テーマは、当学会のコラム2012年8月16日「「保険論」講義の現場で思うこと(https://keio-hoken.jp/column/471/)」で紹介した私の問題意識の一部を取り上げたものです。)

 

                                     (完)

ページの上部へ戻る