原子力の「安全神話」と原子力保険料率

獨協大学経済学部教授(本学会常務理事)

岡村 国和 

 

 

  原子力損害を定性的・定量的に把握するのに長い時間を費やした。次いで、どれくらいの頻度で発生するかが問題となった。解決の糸口となったのが、1975年の「ラムッセン報告(WASH1400)」である。同報告書で、原子炉の重大事故の発生率は10-6年(原子炉1基あたり100万年に1)であるとされた(もちろん現在ではもう少し精度が上がっている)。こうして原子力損害に対する保険のメドがついたが、同時に原子力発電の「安全神話」も生まれた。しかし、そのわずか3年後にスリーマイル島原発事故、6年後にチェルノブイリ原発事故(1981年)が発生し、この「安全神話」は瞬く間に世間から忘れ去られた(はずであった・・・)。

 

  ところで、日本の原子力損害賠償制度は、アメリカのプライス=アンダーソン法(Price-Anderson Act of 1957)を参考にして1961年に制度化された。発足当時から制度改訂が重ねられ、現在は、民間の「原子力損害賠償責任保険契約」と政府の「原子力損害賠償補償契約」(どちらも強制で、上限1,200億円)、または「供託金」で構成されている。民間保険は一般的リスクを担保し、政府補償は地震・噴火・津波や事故後10年以上経過した賠償など、民間保険では「免責事由」に該当するリスクを担保している。したがって、東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故では民間保険は「免責」になり、後者の政府との補償契約が発動された。ちなみに、これら上限を超える損害額に対する賠償は、事業者(東京電力)に「無限責任」が課せられている。これは日本の特徴であるといえる(ただし、政府が必要と認めるときは政府により援助が行なわれることになっており、これに基づいて「原子力損害賠償支援機構」が設立された)。

 

  東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故で、政府は補償金1,200億円を支払ったが、この結果、政府の原子力損害賠償補償契約について、201341日から補償料を約7倍(現行の補償料率を「1万分の3」から「1万分の20」に改訂。対象は全国54か所中20か所)に引き上げることを閣議決定した。具体的には、これまで原発1か所につき年3,600万円の補償料が24,000万円に引き上げられることになる。

  他方、民間の原子力損害賠償責任保険契約は、2013年1月15日に契約(1年更新)が終了するが、日本原子力保険プールは、海外の再保険プールが引き受に難色を示したため、東京電力に対して契約を更新しない方針を通知した。仮に海外の再保険が成立するとしても、保険料は7倍以上になることは確実と思われる。

  なお、原子力損害賠償法は「無保険状態で原子炉の運転等をしてはならない」(6)としている。また、保険の代わりに供託金1,200億円を現金や有価証券で法務局に供託する方法(12)を定めている。つまり、供託金を更新期限までに納めないと無保険「運転」になってしまうのである。燃料棒の取出しなども「運転」に該当するため、事故処理ができなくなる恐れも生じていたが、どうにかギリギリで供託金を支払うことになり、決着がついた。保険の無力さを感じる。

(今中哲二(1999)YOMIURI ONLINE 2012120日、を参考にした。ただし、YOMIURI ONLINEの記事は、明らかに「原子力損害賠償責任保険」と「原子力損害賠償補償契約」を取り違えているため、筆者が修正している。)

 

今中哲二(1999)「原発事故による放射能災害 …40年前の被害試算」京都大学原子炉実験所原子力安全研究グループ(『軍縮問題資料』、No.22319995月号より転載)

URL: http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/gunshuku9905.html  

●YOMIURI ONLINE(2012年12022:42)

URL:www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120120-OYT1T01248.htm

 

参考

   原子力損害賠償制度の国際条約で、代表的なものが3つある。それは、パリ条約1968年発効、および1974年ブラッセル補則条約)、改正ウイーン条約1974年発効)CSC条約convention on supplementary compensation for nuclear damage :原子力損害の補完的補償に関する条約、1997年採択、アメリカは2008年に批准、日本は検討中。現在未発効 )である。日本はそのどれにも参加していない。

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