保険業の基本と社員の「考える力」

                  常務理事 村瀬泰雄

                             

45年間損保業界で過ごし、業界を離れて十数年、80を過ぎてから業界を眺めてみるとなんとなく気になることがある。年寄りの「たわごと」かもしれないが、まあ独り言と思っていただきたい。

 

数年前に久し振りに日本保険学会の総会とシンボジュウム、研究発表会に出席してみた。皆熱心に発表をするのだが、なんとなく昔の学会の論議とは空気が違う。保険の基本の論議よりも、保険商品の売り上げを如何にして伸ばすか、そのためには保険会社はこうして欲しい、ああして欲しい、という営業実務論が大きく出てきて、なんとなく保険会社と代理店との営業推進会議の様相が感じられた。時代と共に中身も変わるのは当然だが〝これでよいのだろうか″という気がしないでもない。

 

一般的に言っても保険学の基本、保険業の基本というものを少し忘れかけてはいないだろうか。例えば保険業の収入保険料(収保)はお客様からの預かり金であるという当たり前のことを何処までしっかりと認識しているだろうか。また、何年か前に保険金未払い事件で生、損保共に大混乱を呈したが、その反省を踏まえて各社に違法が適法かを判断するコンプライアンス部が出来た。その結果どうなったかというと〝何でもコンプライアンス部に出しておけ、同部をパスしたものはやってよいよ″、ということになったってしまった。適法でも〝やってよいこと″と〝いけないこと″とがある。これが〝ビジネス倫理″であり、良いか悪いかは先ず自分で考えることだろう。自分で考える力を各社とも若手社員にどう教えているのだろうか。例えば日常の業務にしてもマニュアルが整備しすぎていないだろうか。マニュアル通りにやればOK、またマニュアルや指示になかったからやらなくても責任はない。これでは何処で自分で考える力をつけるのだろうか。各社とも今のマニュアルを半分に減らし、半分を社員それぞれに考えさせたらどうなるだろうか。

 

「上司に言われたからやる」、「マニュアルにあるからやる」というより、「自分で考え、自分の責任でやる」ということに「やり甲斐」を感じる教育は出来ないだろうか。私が入社した60年ぐらい前は「上司と自分の考えが違う場合は3回自分の考えを上司に話しなさい。それでも上司がこれでやれと言えば、それは組織の命令ですよ。欣然と従いなさい」と教わったものです。今、若い人に言うと「一回ならまあ出来るでしょうが、3回は無理ですよ。上司が怒ってしまいます」と言います。私は「それは〝物は言いよう″だよ」と答えています。今の保険会社は眼前の利益、即ち収保拡大が中心となりがちで、それ自体は大事なことだが、社員に保険や商売の基本、そして保険会社の未来を考えさせる余裕がなくなってきているのではないだろうか。

 

一言で言えば「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の基本、即ち経営の根幹を頭だけではなく身体で何処まで認識しているのだろうか。時代遅れの老人の杞憂であればよいのだが。

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