保険料調整問題等について思うこと

 

 

平成国際大学法学部非常勤講師

元日本損害保険協会

竹井 直樹

 
 

 私は今から25年以上も前、損保協会職員として損保業界の独禁法コンプライアンスを担当していた。こうした業務が必要になったきっかけは当時、損保業界が公正取引委員会から2つの事案について指導・命令を受けたことである。1つは1994年の自動車保険に係る修理工賃の協定をめぐる損保協会への警告、もう1つは1996年の日本機械保険連盟(当時)において行われた料率カルテルに対する排除措置命令である。後者については公正取引委員会から、損保協会に対しても独禁法コンプライアンスを業界全体で徹底するよう強い要請を受けた。

 

 この要請も踏まえて損保協会では役員クラスの専門の委員会を設置して「独禁法コンプライアンス・プログラム」を策定し、損保協会と会員会社が独禁法を遵守していく体制を整えた。このコンプライアンス・プログラムのなかでもっとも重要な活動は、独禁法の規制内容を損保実務に落とし込んで詳細に解説した「行動指針」の作成とその指針を周知するための会員会社向けの研修であった。1996年から1999年にかけて損保協会の15の地方支部が窓口になって、損保総研とも連携して会員会社社員向けの研修会が全国展開で実施された。私は当時その研修会の講師を務めていたので、その時の様子は今でもよく覚えている。現場の社員を中心に数千人規模の社員が受講したはずである。共同保険については行動指針でも触れているが、共同保険の引き受けにあたって保険会社間で情報交換することはカルテルを誘発するおそれがあるので慎重な対応が求められること、どうしても情報が必要な場合は契約者と直接連絡をとることなどを研修会の席上強調した覚えがある。こうした業界を挙げた独禁法に特化したコンプライアンスの取組みを通じて、損保業界は独禁法に対する理解、認識において模範的な業界になったはずであった。

 

 当時の経緯を知る私にとって今回の保険料調整問題は正直、愕然としている。金融庁の調査結果では、現場の社員が独禁法に抵触するかもしれないという認識のない取引事案の割合が70%近くに及んでいることは理解に苦しむし、世間離れしている。独禁法はもともと抽象的で分かりにくい法律であるが、そのなかではカルテルは比較的分かりやすく、常識レベルの違反行為である。それすら理解していない社員が多いことはせっかく築き上げたコンプライアンス態勢が瓦解していたことを意味する。

 

 こうなった要因としては2つあると思う。1つは、コンプライアンスが独禁法から保険業法へ急速にシフトしていって、独禁法への関心と取組みが相対的に薄れていったことである。2000年前後の金融機関に対する金融行政の方向転換や保険金不払問題対応がその背景にある。もう一つは今の共同保険の実務ではカルテルを完全に排除するのが難しいのではないかということである。アンダーライティングや事務処理を円滑に行うために保険会社間の情報交換や連絡は一定程度必要であり、今回の事案はその延長線上で起こっている。

 

 次に、この保険料調整問題の解決に向けたポイント、視点として、まず同じ過ちを繰り返したことの深刻さ、重大さを肝に銘じることが重要であろう。これは保険金不払い問題にも共通するが、過去の不祥事を歴史として達観するのではなく、そうしたリスクを常に念頭に置いて、貴重な教訓を引き継いでいく仕組みや体質を構築しなければならない。教訓が生かされない、懲りない業界であってはならない。また、共同保険の仕組みそのものについて理論的な検討が必要であろう。今後の適正化論議のなかで、独禁法上の問題をクリアするのは当然として、今の非幹事会社の実務について契約の当事者性、認可制・届出制など、そもそも論にも踏み込むべきである。

 

 最後に所感を述べておきたい。1つは兼業代理店問題を含めて、これまでの議論のなかで現場の社員の思いが吸い上げられているのかということである。保険料調整問題も兼業代理店問題も、もとはと言えば経営と現場の乖離から起こっている。顧客本位の業務運営を実際に肌感覚として担うのは現場の社員であることを忘れてはならない。この点では組合の役割は大きいと思う。もう1つは今回の2つの問題は学術的にも興味深い論点をたくさん含んでいるということである。例えば、兼業代理店の利益相反問題がある。会社法の取締役や金融機関のグループ会社間の利益相反問題とはまったく異なる視点での検討が必要であり、誰と誰の利益相反で、何を管理あるいは回避すべきなのか等の議論の深まりを期待したいし、新たな日本モデルを築いてほしいと思う。

ページの上部へ戻る