世界的に「低体温経済」が常態化

明治安田生命保険相互会社

 上席エコノミスト

小玉祐一

 

 

 堅調な景気を背景に、日米欧とも失業率はほぼ完全雇用の水準に接近しつつあるが、その一方で、賃金の伸びは鈍く、景気回復の高揚感に欠く状況もある程度共通している。国・地域によってそれぞれ異なる事情を抱えているが、要因として共通点をひとつ挙げるとしたら、経済の実力である潜在成長率の低迷であろう。世界的に、「低体温経済」が常態化した状態と言えるかもしれない。

 

 リーマンショック後、諸外国がこぞって超低金利政策を続けたことは、世界経済の下支えに一定の役割を果たしたものの、危機管理策および需要対策の域を出るものではなく、(潜在成長力を伸ばす)供給サイドの強化に寄与するものではなかった。住宅を2件も3件も買う人がいないことを考えてもわかるとおり、金融緩和による景気刺激はそもそも将来の成長力の先取りである。ゾンビ企業の温存、財政規律の弛緩、金融仲介機能の低下等を通じ、逆に潜在成長率の押し下げ要因となってきた可能性も低くない。これが、企業の成長期待の低下を通じ、我々の賃金がなかなか上がらない要因になっている。

 

 潜在成長率の低下は、有望な投資機会の欠乏を意味する。一方で、主要国には大規模緩和が生んだ余剰マネーが溢れている、その結果、マネーの多くはよりてっとり早く収益が得られる方向に流れ込んだ。ドルキャリートレード、円キャリートレードといった取引を通じて国境を越えたマネーが、成長余地が大きく、相対的に金利水準の高い新興国へ流れ込み、新興国バブルとでもいうべき状況を作り出した。また、カナダ、香港、豪州、北欧等では、不動産バブルが深刻化した。

 

 ただ、足元では、米国が政策金利の巻き戻しを進める中、新興国からの資金逆流が懸念される状況となっている。これによりドル高が進めば、新興国にとってはドル建て債務の返済が苦しくなる可能性があり、対外収支の赤字幅が大きいトルコやアルゼンチンの通貨が大きく売られている。金利上昇に伴う不動産バブル崩壊も無視できないリスクである。超金融緩和政策が、世界経済をマネーの逆流に脆い、不安定なものとしてしまった点は否めない。

 

 日本の場合、経済の供給サイドの問題と需要サイドの問題を長年混同し、誤った処方箋を施し続けてきたことが事態を深刻なものとしている。大型経済対策を繰り返し、巨額の政府債務を積み上げた後は、インフレ率さえ上がればすべてがバラ色になるとの説に飛びつき、結局は途方もない潜在的リスクを蓄積しているのが実態ではないか。肝心の成長戦略は、「遅々として進んでいる」程度の成果は上げているものの、岩盤規制の多くはいまだに岩盤のまま横たわっている。

 

 高度成長期は、拡大を続けるパイのもと、分配政策のもとでもすべての経済主体が分け前の増大にあずかることができた。しかし、いまや誰かの取り分を増やすためには誰かの取り分を減らさなければならない時代となり、既得権益の打破を目指す規制改革や、税制や社会保障等の制度改革がより実行困難な課題となっている。

 

 日本経済がお先真っ暗と言いたいわけではない。ハイテク技術の進歩がもたらす第4次産業革命は、足元では大きく花開く過渡期にある。いまや3Dプリンターが「家」をプリントアウトする時代である。ほんの数年以内に、生産性革命のような劇的な進歩が訪れる可能性もなくはない。

 

 問題は、政府の役割にある。有望な分野には放っておいても民間資金が流れ込むが、日本のみならず、斜陽産業の復権に心血を注ぐトランプ大統領や、ポピュリズム勢力の台頭で身動きが取れなくなっている欧州を見ていると、政府が足を引っ張ることこそあれ、世界経済の中長期的な成長トレンドを改善するのに積極的な役割を果たす展開は期待できそうにない。

ページの上部へ戻る