動物との共生化社会とペット保険

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科

(元AIU損害保険株式会社パーソナルライン)

松本研究室 弓達隆章

 

 

 平成28年度、東京都福祉保健局動物愛護相談センターでは長年にわたる努力の甲斐あり犬の殺処分ゼロを達成した。小池都知事が選挙公約のひとつとして提示した動物殺処分ゼロ構想にも後押しされやっと到達したのである。もちろん対応現場である同センター職員の方たちによる達成への努力は小池都政以前からであったことは明らかであった。

 

 ところで、どうやってこの達成が実現したのであろうか?東京都のほぼ全域¹⁾をカバーする都健康福祉局動物愛護相談センターへのヒアリングによると、動物たちが保護され最悪殺処分へ至ってしまう過程は、以下の1~4となっている。

 

(1) 拾得者からの通報による保護、負傷による保護、そして直接の捕獲あるいは飼い主からの持ち込み

(2) 拾得、保護された犬の公示(動物愛護相談センターによる開設Webサイトで7日間のみ公示)

(3) 飼い主への返還(飼主が判明したもの)・譲渡(里親仲介)

(4) 上記の過程で残ってしまったものの処分

 

 なお同センターは職員の約7割が獣医師免許所持者であり、動物に関しての専門知識に加え、動物との共生への情熱を人一倍持った人たちにより構成された組織である。東京都の場合、同センター職員数は全体で61名、区部をカバーする世田谷本所と都下をカバーする多摩支所の2センター体制で運営されている。(H29.4.1現在)

 

 ことわっておくが、「動物の命が、同センターでは事務的に処理されているのではないか?」という一方的な見方に、ここで議論をすることはしない。なぜなら、少なくとも同センターの運営は法律に基づいた行政サービスとして実施されていることであり、現地ヒアリングを行った結果、行政機関として、動物たちを助けるためにできることは精一杯おこなわれていることが十分理解できたからである。敢えて言うならば、「動物との共生社会」を多くの人々が現在望んでいる中、それを進めるためには社会としての一定のルールが必要なのである。現在、そのルールを支えているのが同センターなのである。そして本来、問題とすべきは行政の対応ではなく、飼い主側のモラルや社会全体の共生化意識の低さにあると私は考える。

 

 近年、東京都に限らず全国の自治体で、公費を投入しペットに関しての譲渡体制が整備されつつある。最近は多くの保護された動物達は殺処分ではなく、民間の保護団体(NPO)を通じ里親に引き取られるようになってきている。勿論、動物愛護センターでは新たに里親になりたい人や、新たに設立される保護団体への教育や指導監督も積極的に展開しており、この活動も殺処分ゼロ達成へ大きく寄与している。

 

 東京都動物愛護相談センターによる²⁾と平成27年度、同センターにて保護された引取り犬のうちの約7割は拾得されたもの(いわゆる捨て犬か迷い犬だそうで、そのうちの半分は飼い主と再会ができ、返還が叶っている。迷い犬は飼い主が探している場合は、その9割以上が3日以内に保護先が確認され、飼い主に引取りに来てもらえるとのことである。しかし、残りの半分(H27で約200頭弱)は保護期限の7日間の後半で譲渡の準備³⁾をし、保護団体や個人の里親に引き取られていった。飼い主の捜索活動はなかったのである。しかし、さらにそれでもセンターに残った24頭がH27年度は残念ながら殺処分となったのである。なお殺処分動物は全体の3%が犬、残りの97%は猫であった。(28年度、犬は殺処分ゼロを達成したが、猫は未だ約500頭が殺処分となっている。)

 

 そこで表題のペット保険であるが、ここ数年来ペットブームの波に乗り、全社的保有件数は二ケタ成長を続けている⁴⁾。一方、「果たして、このペット保険は動物(ペット)達の命を守るための環境改善に寄与できているのであろうか?」 保険業界出身で現在2頭の犬の飼い主である私は疑問を呈するのである。もちろん現在のペット保険の補償が直接センターに保護される動物達の命を守るわけではない。しかし保険契約者が増えることで動物たちが従来よりも治療を受け易い環境となり、飼育放棄されずに済むようになることに私は大賛成である。直近の『保険研究』第69集⁵⁾にも掲載されていた通り、ペット保険は被保険者である飼い主が負担するペットの医療費を補償する損害保険契約である。従って上述のように保護される犬の生きる権利を直接的に守れるものではないことは明らかである。また損害保険ではないが、ペットショップ等が提供する「生体保障」といわれる補償制度も被保険利益はあくまでも契約者(飼い主)であり、いわば購入代金保証である。このようにペット保険はペット自身の命の保障ではない。しかしペットが動産扱いされて、最後に廃棄されるべきものではないはずである。「ペットは今や家族の一員」というキャッチフレーズが安易に叫ばれているが、わが国も動物との共生化を真剣に進めるのであれば、ペット保険もそれに対応すべく進化が必要と考える。果たして上述の引取りや処分の状況改善に少しでも寄与できる保険契約や特約は開発されてきているのだろうか?

 

 調べてみると、私が動物愛護センターの動物保護件数減に効果がありそうだと考えられる補償が2点見つかった。

 

(1)  捜索費用補償

 

動物愛護センターに保護される犬の7割が拾得犬であることを考えると、迷い犬の捜索費用補償は必要性が高いと考える。さらに数の多い猫の場合も同様である。現在既に、ペットの捜索費用特約を提供している総額短期保険会社は数社ほど存在するが、やはり契約個体(保険の目的)を特定するためにはマイクロチップを個体に埋め込んでいる場合のみの対象とせざるを得ないようだ。今年7月に大手損保にて発売された動産総合保険は、猫の首輪に装着したペット捜索発信機を保険の目的とした捜索費用補償特約が付帯され話題となった。対象は猫のみであるが、まさにニーズに対応した補償といえる。今後は体内にマイクロチップを埋め込まなくとも、この種の機材装着にての個体認証が進む。こうしてこの保険の普及が進むと、迷子捜索に大きく役立ち動物愛護センター拾得数も減るものと考えられる。またIoTの進化と超小型CCDカメラやスマホとの連携を実現させることにより留守宅のセキュリティ向上と同時にペットの行動管理に関しても把握可能になると考えられる。まさに他業界の技術革新と保険商品との連携が双方の普及を相乗的に拡大できるとのである。このような商品付帯保険の普及が猫から犬へと広がれば動物愛護センター拾得数だけでなく大災害時における飼主との生き別れ問題にも対応が可能となる。 

 

(2)  譲渡・育英費用補償                                                        

 

次にセンターで保護される原因として多いのは、飼い主の死亡もしくは高齢化(病気による長期入院等)による飼育放棄による拾得・持込であるが、飼い主自身が生活に支障がある中で飼育することはペットにとっても必ず不幸な環境を招く。そのための対応としてはセンターで実施している飼育前飼い主教育は勿論のこと、どういう状況に陥ったら里親に譲渡すべきかをしっかり決めておく責任がある。早期の里親(譲渡先)探しも必要となる。この譲渡準備費用と、その期間の養育費が必要なのである。調べたところ、現在この種の生活支援(養育)費用を補償する特約は業界内に存在していない。モラルハザードの誘因の可能性はあるものの、限度額(期間)制限や契約者情報等からのモラルリスク防止の方法は考えられるはずで早期の商品化が望まれる。

 

 

 なおペット保険は将来、ペット保険会社による契約時の個体認証と同時に、個体情報(特徴)や病歴、さらにはしつけ歴等のデーターベース整備が図られれば、それをクラウドで全社共有していけるようになることも技術的に可能であると考える。それにより延いては治療方法の標準化や動物たちの健康管理、さらに里親探しの改善にも結びつくものと考える。人のような健康保険制度がない中、動物医療データーがペット保険契約を介して、それぞれの個体と結びつくことは最も重要であり、かつ実現可能であると考える。保険会社のデーターベースを介し情報共有化できれば、彼等の生きる権利も大幅に改善されるとともにペット保険加入の必要性も更に社会に浸透していくものと思われる。

 

 今や動物は複雑化する社会における癒しであり、人のこころを豊かにするパートナーである。近年はそれが科学的にも立証され、犬に関しては、盲導犬だけでなく聴導犬、警察犬、麻薬捜査犬、救助犬そしてセラピー犬や認知症患者対応の介護犬、さらにはガン探知犬⁶⁾と役割を拡大している。彼等の生きる権利を少しでも社会として認知させるためにも上述のようなペット保険の進化と普及を切に期待している。

 

(注)

1)八王子市、町田市は保健所所在市として捕獲のみ独自に実施されている。保護以降の作業は上述の動物愛護相談センターにて行われている。

2)「2016年度事業概要」東京都福祉保健局動物愛護相談センター発行による

3)譲渡の準備とは健康状態、警戒心、凶暴性、社会性、食物アレルギー反応等の検査実施である

4)2016年度ペット保険収入保険料は対前年度比で24%増の103億円(日経新聞2017.7.15版より)

5)中村譲(2017)「ペット保険と法的課題」『保険研究』第69集 PP.111-134(慶応義塾保険学会)

6)ガン探知犬とはがん患者の体内で生成される何らかの科学物質を犬は嗅ぎ当てる能力があるとされ、現在アメリカ、イギリス、ドイツにて検証がはかられている。日本でも日本医科大宮下正夫教授が訓練を受けた犬で実験し、成果が確認されている。

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