保険業と「ESG」

慶應義塾大学 商学部 講師

内藤 和美

 

 最近、「ESG」という言葉を目にしたり耳にする機会が多くなりました。ESGとは、E:Environment(環境)、S:Social(社会)、G:Governance(ガバナンス)の頭文字をとったものです。ESGという概念は、国連の責任投資原則(Principles for Responsible Investment, PRI)が提唱したとされます。わが国では、2015年9月に年金積立金管理運用独立行政法人(Government Pension Investment Fund, GPIF)が国連のPRIに署名し、年金積立金の運用においてESGを適切に考慮するという立場を明確にしたことで、注目を集めるようになりました。

 

 ESGは、「環境」(地球温暖化、水資源、生物多様性等)、「社会」(労働環境、安全衛生、人権等)および「ガバナンス」(企業経営の体制、コンプライアンス、情報開示等)という3つの要素に配慮することです。投資家の立場では、「ESG投資」という用語が使われ、企業の立場からは「ESGを重視する経営」ということになります。

 

 ちなみに、わが国の成長戦略の一環として、コーポレートガバナンスの強化が進められていますが、企業の持続的な成長を促すために、機関投資家と企業それぞれの行動原則として策定された、「スチュワードシップ・コード」(以下、SSコード)と「コーポレートガバナンス・コード」(以下、CGコード)においても、ESGが取り上げられています。すなわち、SSコードでは、機関投資家が、投資先企業の企業価値の向上や持続的成長を促すために、当該企業の状況を把握する内容の例として、「投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、資本構造、リスク(社会・環境問題に関連するリスクを含む)への対応など、非財務面の事項を含む様々な事項」が想定されています。一方、CGコードでは、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出を達成するために、「近時のグローバルな社会・環境問題等に対する関心の高まりを踏まえれば、いわゆるESG(環境、社会、統治)問題への積極的・能動的な対応をこれらに含めることも考えられる。」という基本的な「考え方」が示されています。

 

 ここで、やっと本題である「保険業とESGの関係」に話を進めます。ご存知のとおり、保険は2つの重要な機能を有しています。一つは、リスク負担・分担機能、もう一つは、金融仲介機能です。保険業の担い手である保険会社は、顧客(保険契約者)に「安心」を提供する企業であると同時に、金融資本市場へ資金を供給する機関投資家でもあるということです。そうであれば、保険業は、「ESGを重視する経営」と「ESG投資」という2つの側面において、ESGと密接に結びついていると理解することができます。

 

 先日、ある大手生命保険会社がオーストラリアの銀行が発行した気候債を引き受けた、という新聞記事に目が止まりました。この気候債はグリーンボンドの一種で、調達資金を二酸化炭素の削減につながる風力発電施設や屋上緑化など環境に優しい商業ビルの建設などに充当するというものです。これは、生命保険会社の「ESG投資」による社会貢献の取組の一つといえるでしょう。

 

 他方で、保険業は「ESGを重視する経営」に親和性が高いといえます。例えば、損害保険会社は、環境リスクへの対策を積極的に推進しています。環境リスクが顕在化すれば大規模な自然災害が発生し、社会の安全・安心が損なわれてしまいます。そこで、自然災害に備える保険商品を開発・提供することはもとより、地球環境保護のための様々な取組み(マングローブなどの植林や環境関連情報の発信など)を通して、環境リスクを低減することにも貢献しています。

 

 なお、保険会社が環境問題などへの取組を通して社会的責任を果たすことは、保険業のCSR(企業の社会的責任)として、従来より重視されてきました(注)。保険業は今後、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から、このCSRの取組を一層強化していくことが期待されています。引き続き、保険業におけるESGの動向を注視していきたいと思います。

 

(注)堀田一吉(2008)「保険業のCSR(企業の社会的責任)と現代的課題」石田重森編著『保険学のフロンティア』慶應義塾大学出版会 を参照。

 

以上

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