東京海上日動火災保険株式会社
実践女子大学講師
中居芳紀
最近、新聞の社会面にリコールの公告を見ることが珍しくない。今日も「お詫びと商品回収のお知らせ」という、ある食品メーカーの小さな公告が目に入った。この様な公告を見るたびに、リコール保険誕生のキッカケとなった大事件を思い出す。
それは、私の故郷、北海道を代表する名門企業・雪印の企業イメージを大きく毀損する事件だった。2000年6月下旬、雪印乳業大阪工場で製造した低脂肪乳で集団食中毒が発生し、1万3000人以上の被害者を出した。衛生管理面で最先端企業と思われていた雪印で発生した集団食中毒事件は、全国の消費者に食品メーカーへの不信感を招いた。
私が営業推進で動いていた九州では、佐賀の製麺会社の製品に「黒カビ付着」の風評がたち、商品回収のあと取引先が離れ、倒産に追い込まれた。検査の結果「黒カビ」は消費者の誤認にすぎず、食中毒などの被害者は全くいなかったにも拘らず、佐賀の伝統的企業は倒産を余儀なくされた。同様のリコールの嵐が全国を吹き荒れ、中小食品メーカーの倒産が相次いだ。
当時、我々が扱っていたPL保険(生産物賠償責任保険)は、製品の欠陥が原因で発生した食中毒などの対人・対物事故を対象にしており、商品の回収費用は対象にならない。しかも、実際に発生している事件は、被害者が誰もいない商品の回収にも拘らず、多くの企業は通常のPL事故以上の経済的ダメージを受けていた。
何か役立つものはないのか?当時、一部メーカーの要望で扱っていた生産物回収費用の保険・・・これを一般化し、中小企業でも利用しやすい内容に変え2000年の暮れに「食品リコール保険」がうぶ声を上げた。通常、過去の事故率と損害額のデータをもとに保険料率を決定するのだが、リコール事故について正確な統計的データはなかった。手探りで商品化し、「少々保険料が割高では?」と思いながら販売した保険の収支は、初年度、高額なリコール費用の事故が多発し、大赤字の決算になってしまった。
リコール保険はその後、2007年の消費生活用製品安全法の改正もあり、食品を含めあらゆる業界の製品を対象にしたポピュラーな保険になっている。ただ、2000年頃のリコールの嵐の中で、倒産に追い込まれた企業を思い返すと、「保険は、事故により発生した経済的損失をカバーする」という一面でしか役立てない不甲斐なさを感ぜざるを得ない。事故の後、日を追ってやつれ、廃業を決断した経営者の悲痛な叫びが、まだ耳に残っている。