水素社会における安全確保に向けて

全国危険物安全協会
 理事長 上田紘士

 

 

 水素社会の実現、ということが国のひとつの戦略目標として掲げられるようになりました。水素そのものはこれまでも普通に工業用、研究用あるいはロケット燃料などとして利活用されてきましたが、近年の燃料電池車ブーム(というにはまだ早いかもしれませんが)で普通の人が利用する自動車に水素が燃料として使われる見通しがある程度立ってきたことから、最近よく話題にも上るようになりました。

 

 筆者の関わっている仕事は、石油類を始めとした火災に結びつきやすい物質の安全管理のためのノウハウ等の普及なのですが、上記の水素利用の増加に伴い、ガソリンスタンドと水素スタンドの併設が始まるなど、水素利用と石油類利用の接点における安全問題に注目する必要が出てきました。

 

 従来の水素はたいていガスボンベから供給するという使い方だったと思いますが、自動車の利用となると700気圧レベルの超高圧状態の水素を使います。スキューバダイビングで普通に使うタンクが200気圧ですから相当なものです。ただ、そういう圧力に耐えるタンクで運搬したり、供給したり、車載したりするので運搬効率(肉厚なタンクは重い!)の問題がどうしても生じます。

 

 一方で、減容という意味では、液体水素の利用も相当研究が進んでいます。常圧で800倍の水素が運べます。ただこちらは容器をマイナス253度にキープしておかないとどんどん気化してしまいます。しかもきわめて小さい元素(原子番号1!)なのでそうでなくても細かな隙間を通り抜けていく。

 

 そこで常温のトルエンに水素分子を吸着させてメチルシクロヘキサンに転化させ、普通の危険物ローリー(これらの物質は燃焼性の物質としてガソリンや軽油などと同類です)でスタンドに運び、オンサイトで燃料電池車に水素を供給する(スタンドにメチルシクロヘキサンから水素をはがす装置を整備してそこで水素を分離圧縮して車両のタンクに詰め替える)という方法も研究が進められ、かなり実用レベルまで来ているようです。

 

 燃料電池車がどういう時間軸でどの程度伸びていくのか、今のところ確たる見通しを立てるのは難しいように思いますが、国だけでなく、自動車業界始め関係業界が相当のエネルギーを投じてこれらの分野の研究に取り組んでいるところなので、上記の水素利用に伴う安全の問題はいずれ私たちの仕事の一分野になだれ込んでくるものと考えられます。

 

 すでに米国やフランスなどにおいて水素自動車等の事故発生時における対応マニュアルに類したものが作られ始めているようですが、我が国でもそうした取組みが急がれるようになることは必定です。しかし、水素そのものの振る舞い、水素と他の可燃性物質との関係、ガソリン火災と水素の関係あるいは水素火災とガソリンの関係、運搬に利用されるメチルシクロヘキサンの管理、その他いろいろな要素を考慮しなければなりません。さらに日本の場合は「実証実験施設」がなかなか設けにくいということもあります。

 

 それでも水素の利用は例えば風力発電を使って電気を水素に変えてストックする(後刻水素から改めて発電を行う)、というような「電力としての利用」というやり方も視野に入っており、そのような活用も現実化するなら水素の扱いは世の中にとって相当重みを増すことになります。

 

 正直なところ、従来の高圧ガスとしての管理を越えた水素利用に関わる安全確保の問題は、現段階では雲をつかむというのに近い状態ではありますが、安全な社会の実現に向けて、新しい技術にも対応していくため、こちらも研鑽を積んでいきたいと考えているところです。

 

 

<筆者は元・三重県副知事、内閣官房審議官(公務員制度改革等推進室長)、総務省自治行政局公務員部長>

ページの上部へ戻る