【特別寄稿】福澤諭吉と日本の保険業(慶應義塾図書館展示室・平成27年9月28日~10月31日)展示最終日に寄せて~ 史資料保存の重要性を思う~

断捨離・愛着・アーカイブ

 

                 慶應義塾保険学会常務理事 蟻川 滋

                         (元 明治安田生命)

 

 

 歴史的書・書物や文化財は時としてそのときの権力者たちによって破壊されることがある。書聖と称される王義之の最高傑作『蘭亭序』は、唐時代に太宗皇帝が愛するがゆえに死亡した時に墓に一緒に埋葬してしまったので真蹟はない。幸いにも皇帝が精巧な複製を作らせ臣下に下賜していたのが現存し、この道で最高の価値があるとして今でも人気が高い。

 

 断捨離という言葉が一種のブームとなった。個人の家での片付けは誠に厄介なものである。自身のものでさえ整理できず、なお身内のものを勝手に整理できずに溢れている。思い出のもの、実用的のもの、何年も使わないものなど基準を作りやる気になれば整理できるというものの・・・。ひるがえって、わが国の保険業は150年の歴史の中、多くの人たちの折々の記憶が刻まれ伝統が形づくられてきた。永遠に変わらない本質をもちながら、一瞬もとどまることのないのが伝統の本来の姿であるとするならば、古いものをそのまま模倣するのでなく、これを基礎として、今日に即した新しいものを築き上げることが伝統を守り抜くことである。そのためには先人の残したものを正しく受け継ぐことが肝要であり、また、今をアーカイブとして整理・残すことが大切である。

 

 保険会社の史資料活用例としての展示は、大同生命がこの10月から始まったNHK朝ドラ「あさが来た」のヒロインのモデルになった創業者の一人広岡朝子に関するものをはじめとして諸史料を展示している。日本生命大阪本社の展示室には創業時の史料が常時展示されている。明治安田生命が常設展示室を研修所内に設置している、などなど。また、Web検索すれば、保険関連史料に関して数多くの出来事、記事がすぐに目の前に現れる。しかし、まだまだ表に出るのは氷山の一角で、久しく筐底(※きょうてい)に埋もれている多くの貴重な新資料がこれから発見されるに違いない。(※編集部注・・・箱の底深く)

 

 保存・保管には、適切な広い場所、空調、防虫、酸性劣化対策等の環境を保つことが必須で、相当のコスト(資金)がかかる。九州大学総合研究博物館の研究資料が散逸危機 750万点、財源不足という記事が9月17日付 西日本新聞に掲載された。キャンパス移転に伴って、新たな保存施設を建設する費用のめどが立たず、大学関係者は危機感を募らせている、という。投下資金が将来どう生きていくかすぐには判断できない。単に現在のコストとして考えるのではなく、将来それ以上の価値を見いだせるようにするのが英知を集めるというものだ。

 

 企業の史資料収集・保存は何と言ってもトップの英断・努力にかかっている。「いま」が順調でなければ過去は浮かばれない。重要・貴重な文書、書物、写真、絵画、映像、機器具など史資料として何を保存するのか。考え方を再整理・体系化することが大きな課題である。先の皇帝の例を出すまでもなく、人間だれしも一番大切なものは手放さないのが性であるが、一企業といえども存在し続ける限り公共性・社会性が備わっている。まずは現状把握、共通な資料の閲覧・活用可能な会社内データベース、外部とリンクしたデータベース、これらをまとめる総合的データベースを築くことが期待される。

 

 トップの英断とはいうものの、これを促すのはやはり若手・将来のある人材を育てていかなければならない。その時代時代にどう向き合ってきたのか、これからどう向き合っていくのか、興味深い史資料がきちんと残されていくように、企業としてできること・すべきこと、そして保険業界として、あるいは保険学界等として手を打つべき時であろう。

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