高齢ドライバーの事故に思う

   

 

東京海上日動火災・実践女子大学(講師)

中居芳紀

 

 

 2011年頃、出張先の支店会議室から出てきた営業担当社員の顔が暗い。聞くと「うちの支店では、自動車保険は売れば売るだけ赤字になるのです。どうしたらいいのか…」と悲痛な声。当時、大手損害保険会社の自動車保険の営業収支は全社赤字基調になっていた。

 従来、高リスクドライバーと云えば、運転経験が未熟で責任感の薄い若年者のことであった。しかし高齢化社会を迎え、巨大な高齢者集団が高リスクドライバーとして出現してきたのである。事故処理の現場はどうなっているのか、出張で訪れた地方損害サービス部担当者の話しは、私に人間観の変更を迫るものであった。

 「島根では70歳の運転者はまだ若い方ですよ。80・90歳代の方が普通に運転しています。ただ、事故処理の際、高齢者は頑固で、人の話を聞く耳を持たない方が多く苦労しますね。(松江)」

 「最近、高齢者同士の事故も増えています。高齢者は頑固で、自分の落ち度を認めるのが嫌いなのでしょうか、示談がまとまり難いですね。先日は75歳の男性が、事故の相手の80歳の男性を指して『あの爺が!』と罵っていて吃驚しました。(北九州)」

 「1970年代に宅地開発された郊外住宅地域…地域一帯が高齢化し、買い物も車が必需品なので、車を車庫から出す際の出会い頭の事故が多いですね。“周囲を確認せず車を出し衝突”と云う事故です。事故処理をして感ずる高齢者の特徴ですか、“事故を相手のせいにする”と云う点ですね。『自分は見えにくい中で車を出しただけ、相手の方が確認して走るべきだ』と主張した方もいました。事故を起こしても、自分の責任と認識していないため、繰り返し事故を起こす方が多く、頭が痛いです。(宮崎)」

 「好々爺」の言葉があるように、長寿は人間としての成熟であり、人格円満な姿に近づいていくものと私は嘗て考えていた。しかし、事故処理の現場は「視力の低下」「情報処理スピードの低下」という生理的・運動機能的な変化以上に、加齢による「人格の変容」が深刻であることを示している。高齢者の心理的特徴として「頑固、自己中心的、自分勝手…」の言葉が数多く出てくる。

 今、私は62歳になり、地方の支店で若手社員・保険代理店対象の研修講師として壇上から語ることが多い。「頑固」「人の話を聞く耳を持たない」…まるで今の自分のことを指す言葉ではないのか?高齢ドライバーの事故は、鋭く高齢化の深刻な問題を抉り出しているようだ。

ここまで書いていると、後ろから家内の声が響いてきた。「最近あなたの運転怖いから、次に車を買い換えるときは自動ブレーキの車にしてね。」

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