保険代理店カイトーの経営戦略<独自のProduct Mix を考える>

(株)カイトー会長 宮川昌夫

 

私が損保ジャパンを退任した2005年6月、既に66歳を過ぎていたので完全リタイヤを考えていたが、代理店カイトーのオーナーから要請され、この代理店の経営改革に取組むことになった。凡そ、日本の保険代理店は、火災、自動車、傷害疾病保険のような大衆種目を中心に、所属する元受保険会社が力を入れるProduct Lineを構成していて、保険会社と相似形である。その結果、いつも多くの他の代理店と同一マーケットで競争関係にある。

 

勿論、代理店は保険募集人であるから、所属保険会社が認可取得している保険種目の範囲内でなければ、保険契約の締結の代理は行えないわけであるが、少なくとも、所属保険会社の言うなりに取扱種目を決めるのではなく、代理店自ら、社会の大きな変化を捉えてリスクを発見し、その解決策として適切な保険を提供していく。それが大きな社会貢献になる分野で、取扱種目を自ら決定する。独自の商品ラインで、独自のセグメントマーケットを徹底的に耕していくという戦略をとる代理店が在ってもよいのではないかと常々考えていた。他の代理店が取扱いを躊躇する難しい保険、それを扱うには、代理店自身が常時相当に勉強し続けなければならない保険を得意分野として、当該マーケットから絶対的な信頼を受けて活動していく代理店になれれば素晴らしい。Customer Orientedな心を忘れなければ、多分そのマーケットに独占的な支配力を許されるだろう。私は、(株)カイトーをそのような代理店にしていきたいと思った。そこで私は、改革の骨子を作るために、先ず、社会の大きな変化を見逃すまいと熟慮した。

 

これからの社会で大きく変化していく分野はどこなのか。新しいリスクが生まれ、新しい保険が必要なのはどの分野なのかに私の関心が集中した。人口減少が始まった高齢化社会日本では、長引くデフレ経済から脱出すべく丁度2005年頃から、経済成長の新しいエンジンとするために医療分野の大改革が始まろうとしていた。その改革のベクトルは、医薬品の条件付き早期承認制度の創設と再生医療への取組強化であった。高齢化と癌、脳血管疾患、心臓病等で、今まで治癒が難しいとされた病気が治るとしたら、治療薬のない難病に適用薬が開発されたらと再生医療への取組が夢を乗せてスタートしようとしていた。この医療分野の大改革のベクトルに間違いがなければ、最新の再生医療の実施までには数多くの治験や臨床研究が行われるはずである。

 

2005年当時、私はそのように考えた。

 

私がそのような発想をしたのには理由があって、実は、私は、旧安田火災に入社した翌年の昭和39年に新種業務部に配属されたが、この年の12月に、安田火災は日本で初めて「医師賠償責任保険」を開発し発売した。その年に世界医師会総会がヘルシンキで行われ、人を対象とする医学的研究の倫理的原則が「ヘルシンキ宣言」として発表されたことを鮮明に記憶していたのである。これによって、製薬会社や医療機関が、人を対象に医学的研究をするときは、被験者の人権を侵害しない配慮が欠かせなくなり、健康被害が生じたときには、賠償責任の履行はもとより一定の補償責任を負うように方向づけられたのである。

 

事実その後、平成9年(1997年)薬事法の改正とGCP省令と呼ばれる治験の実施細則が施行され、製薬企業主導の治験の場合に、被験者の健康被害に備えて、あらかじめ「保険その他の必要な措置」を講じておくことが義務付けられた。そして、この省令には補償内容につき明示が無かったために、医薬品業界の法務研究会が1つのガイドラインを作り、平成11年(1999年)3月16日に「医法研補償のガイドライン」として公開した。

 

このガイドラインが現在も補償のデファクトになっている。更に、4年後の平成15年(2003年)に、再度薬事法とGCP省令が改正され、医師主導の治験が出来るようになり、この場合にも自ら治験を行う医師は、被験者の健康被害に備えて、あらかじめ「保険その他の必要な措置」を講じておくことが義務化された。そしてこの年には、「臨床研究に関する倫理指針」が施行されたのです。このように、医療分野の大変革が進捗していたのに、私がカイトーの社長に就任した2005年当時、医師主導治験保険は殆ど普及しておらず話題にもなっていませんでした。しかしながら、ヘルシンキ宣言のその後の改定を受け、既に「臨床研究に関する倫理指針」の大改訂作業が進んでおり、臨床研究でも治験の場合と同様に、被験者の健康被害に備えて、あらかじめ「保険その他の必要な措置」を講じておくことを義務化する方向で検討が進められていたのです。この事実を認識したとき、私は、カイトーが日本国民のために、医療分野の改革のために必要不可欠なこの難しい保険に勇気をもって取組む決意をしたのです。

 

その後、平成21年(2009年)には予定通り「臨床研究に関する倫理指針」が大改定され「医薬品又は医療機器を用いた予防、診断、治療方法に関する、介入を伴う研究」を行う場合は、治験の場合と同様に、被験者に生じた健康被害の補償のために、「保険その他の必要な措置」を講じておかなければならなくなった。更に、翌平成22年(2010年)には、「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」が施行され,ヒト幹細胞等を疾病の治療を目的として人の体内に移植又は投与する臨床研究を行う場合も保険その他の必要な措置を義務化しました。これらの臨床研究に係る補償の内容についても、治験の「医法研補償のガイドライン」が準用されております。必要な措置は保険でなくともよいのですが、保険が一番便利で経済的です。カイトーは、これらの医師主導治験保険、臨床研究保険につき取扱いができるように、保険会社より先に、又、どの代理店よりも早く真剣に取組んで勉強して参りました結果、今や全国の医療機関や臨床研究支援機関から絶大な信頼を頂いております。これらの保険は特殊マーケットの保険ですから、保険会社は、標準的な約款の用意はしていますが、都度金融庁の認可を受ける必要なくリスクに応じて引受条件を決めることができます。ですから、個別の研究実施計画のリスクに応じて保険設計ができなければなりません。カイトーの職員は、治験又は臨床研究実施計画書を読んで、研究の目的、研究の方法、試験薬の作用機序、研究成果の評価方法等を理解できなければ最適な保険設計ができません。従って、私達担当する8名は基礎的な医学・薬学の勉強もしなければなりません。カイトーでは、この分野でこのような針先の差の努力を積み重ねてまいりました。その結果、仕事は「連鎖」するもので、昨年11月25日には「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行され、同時に薬事法も大改正されて、新しく、再生医療の世界で再生医療等製品に係る臨床研究又は特定細胞加工物に係る臨床研究についても、患者に生じた健康被害の補償のために、法律で「保険その他の必要な措置」を講ずるように義務化されました。カイトーが独自のProduct Lineとして取組んできた医師主導治験保険・臨床研究保険への取組が、今連鎖して、次の再生医療に係る保険マーケットへの取組に背中を押してくれています。

 

また、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行され、新しく「特定細胞加工物製造事業者」が誕生することになり、これら製造事業者の責任保険が必要になりました。カイトーは、この製造事業者の主務官庁である経済産業省製造産業局生物化学産業課から当該「特定細胞加工物製造事業者賠償責任保険」の開発モデルの作成を依頼されるという名誉に浴しました。カイトーが積み重ねてきたこの分野での努力を知って、経済産業省は、カイトーならば、きっとこの新しい製造事業者のリスクを事業者の立場に立って真剣に分析し、保険の開発モデルを作るだろうと評価してくれたのだと思います。

 

カイトーのProduct Lineは、保険会社と相似形ではありません。自ら、社会の大きな変化を捉えて、リスクを発見し、マーケットを見つけて、そのマーケットに解決策を提供していく。また、それが大きな社会貢献になるような分野でProduct Lineを構成するように努力しております。その結果、カイトーはこの分野で日本一の代理店に成長して参りました。カイトーは、独自のProduct Mix を考える代理店です。

 

以上

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