商学博士 真屋尚生
国民皆年金体制下における由々しき問題の一つに「国民年金保険料の納付率の低さ」―厚生労働省によると、2014年12月末現在60パーセント弱―があります。これについては、すでに社会保障学者・年金学者など多くの方々が、さまざまな議論を展開されています。しかし、「受刑者の年金権」についての真正面からの議論や論考に、これまで触れた記憶がありません。受刑者の中には外国人も含まれていますが、その大半は日本国民であり、これらの人びとも国民皆年金の傘の下にいるはずです。
私はキリスト者ではありませんが、また『聖書』を持ち出します。「罪を憎んで、人を憎まず」と要約される「ヨハネによる福音書」の教えは、間違いなく現代の福祉思想の源流の一つといえましょう。広く解すれば、あまりにも有名な『学問のすゝめ』の書き出し「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」にも通じるでしょう。冷めた頭脳と温かい心を保持することを心がけている市民の1人としての以下の問題提起です。
ちなみに2013年版『犯罪白書』によると、2013年の受刑者総数は2万4479人です。この数値は、2013年10月1日時点での島根県江津市、福井県勝山市、北海道美唄市の人口とほぼ同じです。これらの人びとの「年金」は、どのようになっているのでしょう。保険業界や保険学界に身をおく人間として、また国民皆年金社会で暮らす市民の1人として考えたことがありますか。Bureau of Justice Statisticsによると、2012年12月末におけるアメリカの受刑者数は、世界一で157万1013人とのことです。人口が日本の約2.5倍で、受刑者数は60倍を優に超えるアメリカ!これが世界の警察官をもって任じるアメリカのもう一つの顔です。
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国民皆年金体制が実現して、すでに半世紀以上経過した今、その形骸化が顕在化してきています。いよいよ待望の本格的な隠居隠棲―何と心地よい響きか!―に入る私にとって、市民の社会保険・年金保険に対する無理解や誤解はとても気がかりです。そこで隠居好みの奇問難問・年金クイズです。以下の受刑者の年金権に関連する記述で、正しいのはどれでしょう。
(1)受刑者の年金保険料の支払いについて:
1)
受刑者は国民年金の保険料支払いを免除され、この期間はカラ期間として加入期間に合算される。
2)
受刑者に代わって、家族などが国民年金保険料を支払うことが可能。
3)
受刑者が厚生年金保険に加入していた場合に、有罪が確定した段階で解雇され失業するのが一般的であるとすれば、その後(受刑中)は、第1号被保険者として国民年金に加入する手続をとり、保険料を家族などが支払うことは可能。
4)
家族経営の企業(同族会社)ならば、家族である受刑者の雇用を形式的に継続することも可能で、受刑者の厚生年金加入が継続する。
(2)受刑者の年金受給について:
1)
受刑中も受刑者の指定口座に年金が振り込まれ、引き出しが可能。
2)
受刑者の家族の生活費、債務の返済、被害者(家族)に対する慰謝料の支払いなど、相当の理由があれば、引き出しは可能。
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<解答/解説>
詳しくは、国民年金保険法、厚生年金保険法などを参照していただくとして、上記の問題に関して、とりあえず次のように考えることができそうです。
(1)1):
服役したことによって、自動的に国民年金保険料免除にはならない。免除の申請が必要。服役中に所得がなくても、配偶者や世帯主に充分な所得があると、免除は認められない。保険料の免除や納入がなければ、単なる未納期間として取り扱われ、カラ期間(合算対象期間)にもならない。
(1)2):
国民年金の免除に該当しない場合は、国民年金保険料を納めなくてはならない。服役中で収入や預金がない場合などであっても、配偶者や世帯主に所得がある場合は、本人に代わって、配偶者や世帯主が保険料を納付することになる。
(1)3):
上記(1)1)と(1)2)から明らかなように、受刑者は、服役に際して、第1号被保険者として国民年金に加入する手続を行う。保険料は家族などが支払うことも可能。
(1)4):
社会保険制度上、受刑者=資格喪失という概念はないことから、あくまでも使用関係がなくなった場合において厚生年金加入資格を喪失することとなる。したがって、受刑者が、会社に労務を提供できないため、労働の対償としての報酬を得ることができないことから、使用関係がなくなると、厚生年金保険の被保険者にはなれない。一般の従業員については、基本的に受刑者になると、解雇(資格喪失)されるが、役員に関しては、即解雇とはならず、被保険者資格を有する場合も想定される。
(2)1)・(2)2):
受刑期間中でも20歳前障害基礎年金以外は支給停止とはならず、銀行口座などに年金が振り込まれる。年金を引き出す方法については、金融機関/刑務所で相談する。
*受刑者の年金権に関しては、公的年金制度運用業務に精通している藤田東克夫さん、小久保浩一さん、桃原忠治さんから多くの助言をいただきましたが、上記の「解答/解説」は、すべて筆者(真屋)の責任において執筆したものです。
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いかがでしょう。
日本では、国民皆年金体制下、受刑者の年金権は制度的に確立しています。問題は、そのことが受刑者本人とその家族・友人・知人などはいうまでもなく、刑務官・保護観察官・保護司などに、どの程度理解され、浸透しているかです。こうした問題も含め、真の国民皆保険体制を実現していくには、厚生労働省-法務省-文部科学省などが、行政の壁を乗り越えて、緊密に連携しての「年金教育のあり方」に関する再検討を行うことが必要です。そして、そこでの議論は、古来、「貧困と疾病の悪循環」と「貧困と犯罪の連鎖」が指摘されてきたことからも、With Cool Heads but Warm Heartsでなされなければなりません。こうしたことをまじえながら、Dr. GathererとHealth in Prisons Programmeについて語り合う機会を持てなかったことが悔やまれます。
完