With Cool Heads but Warm Hearts  Ⅰ  若き血に燃ゆる者

商学博士 真屋尚生

 

   シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)によって後に痛烈に批判されることになる、有名な題辞「自然は飛躍せず」Natura non facit saltumを掲げる、新古典派経済学の最高峰ともいうべき『経済学原理』Principles of Economicsを、マーシャル(Alfred Marshall)は、慶應義塾が「大学部」を設置した1890年に出版しています。その彼が、これに先立つ1885年―福沢諭吉が「日本婦人論」ほかを『時事新報』に連載の年―に、ケンブリッジ大学教授就任講演「経済学の現状」The Present Position of Economicsで、ケンブリッジの学生に次のように語りかけています。「冷静な頭脳をもって、しかし温かい心情をもって(with cool heads but warm hearts)・・・ますます多くの人びとが、私たちの周りの社会的な苦難を打開するために、私たちが持つ最良の力の少なくとも一部を喜んで提供し・・・私たちにできますことをなし終えるまでは安んずることをしないと決意して、学窓を出て行きますように・・・。」マーシャルが1世紀以上前にケンブリッジの若者に語りかけた「温かい心情」には、慶應義塾の「若き血」に通じるものがあるかもしれない。

   また彼は、1907年には論文「経済騎士道の社会的可能性」The Social Possibilities of Economic Chivalryで、次のように説いている。「いかに大きな富であっても、それが、ごまかしや、情報の操作や、詐欺的な取引や、悪意をもってするライバルの破滅によって得られたものであれば、社会的な成功へのパスポートにはならないでしょう。」

 

* 上記マーシャルの2編の著作の邦訳は、永沢越郎訳(1991)『マーシャル 経済論文集』岩波ブックサービスセンターに依拠したが、一部改変した。

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   さて、現今の保険業界に、冷めた頭脳と温かい心の経済騎士道で、業務に邁進する若き有為の人材ありやなしや。むろん私は、多士済済であるにちがいない、と固く信じています。

   強弱濃淡はあっても「助け合い」の理念を標榜する、社会保険を含む保険・共済事業関係者の方々には、Warm Heartは自ずと備わっているはずですが、それだけでなく、国内外のさまざまな「似非」に惑わされることなく、私の30年来の友人Sir Muir Grayの著書Evidence-based Healthcareでの問題提起「正しいことを正しく行っているか?」Are we doing the right thing right? に対し、常にYes と答えられる、Cool Headで判断し、行動できる能力を併せ持っていただきたいものです。

 

* 「騎士」「多士」の「士」は元来「学徳に秀でた立派な男子」を意味するが、本稿では「男女の別なく学徳に秀でた立派な人物」と理解していただきたい。ちなみに弁護士・公認会計士・弁理士・社会福祉士・介護福祉士・保育士・歯科衛生士・歯科技工士などの資格取得に、性別は無関係。

 

 続く

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