12億のカオスの中で

 
 
慶應義塾大学商学部 堀田一吉ゼミ4期生
 深宮美和(旧姓:藤井)
 
慶應義塾を卒業して今年で15年になる。元来好奇心旺盛、活動的な性格だったため、大学が休みの間は図書館に通うこともなく世界中の色々な国を旅して過ごした(今となってはもう少し机に向かうべきだったと後悔しているが)。そんな当時の私もまさか15年後の自分がインドで生活することになるとは露とも思わなかっただろう。
私は現在インドの首都ニューデリーで夫と5歳の娘と暮らしている。我々がこちらに来た頃よりは随分とインドも発展し生活はしやすくなったと感じるが、それでも日々驚く光景を目にする。
例えば毎日の生活に欠かせない道路。バイク、オート(三輪タクシー)、自動車でごった返す幹線道路には野生の牛やヤギ、サル、犬など有象無象のものが自由に往来しているし、車といってもきちんとメンテナンスされたものばかりではなく、サイドミラーがない車、事故にあったままなのか半分潰れかかっている車、車輪や荷台が今にも取れそうな車、窓ガラスがない車、ドアのないバス、荷物や水が溢れ落ちながら走るトラック、まさに何でも有りな状態である。事故リスクに囲まれた中で人と車が行き交っていると言ってもいい。
このような状況だから言わずもがな、事故は毎日目にする。先日も隣を走っていた車が前を走る車のブレーキに気づかず追突していた。日本であればここですぐ警察を呼んで事故の確認や場合によっては捜査を行ってもらい、また一方で保険会社には事故後の対応を依頼するところだが、ここインドではそうはいかない。基本、警察を呼んでも来ないか来ても見ているだけ、もしくは少額の賄賂でどうにでもなってしまうので、呼んでも意味がないことが多い、とはインドの友人談である。そのため当事者間で示談交渉を行うのがほとんどだそうだ。もちろん示談に納得がいかない場合、裁判にかけることも可能なのだが、それはそれで膨大な年月が(一般的に結審まで早くて4年、長ければ20年!)かかるため、あまり現実的な選択ではないそうだ。
それではインドには自動車保険が存在しないのか、というとそんなことはなく富裕層は自賠責保険、搭乗者障害保険に加入している。インドでは「自分の身は自分で守る」とうのが皆の共通認識、大原則だ。法治国家の行き届いた環境で長く暮らして来た者にとっては理解しがたいことが多々あるが、郷に入れば郷に従え、最近はインド人相手に交渉力もついてきた。あまりインド人化しないうちに故郷の地を踏みたいと願う今日この頃である。

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