2014年6月1日
日本大学商学部教授 真屋尚生
私は保険学を基礎にした社会保障の勉強を約40年間続けていますが、誇れるほどの研究業績はありません。その私が、保険学の黎明期=綜合保険学の時代であれば、保険学密接関連分野ともいえる、さまざまな研究領域で活躍している皆さんの協力を得て、先ごろ慶應義塾大学出版会から編著『社会保護政策論―グローバル健康福祉社会への政策提言』を出版しました―慶應義塾保険学会叢書ではありません。私を含む16名の執筆者のうち6名は塾員で、そのうちの一人 Dr. Igar こと Professor Makoto Igarashi (五十嵐眞) M.D., Ph.D. は、1952年医学部卒業の大先輩です。
大学入学以後の私の前半生で最大の知的影響を受けたのが慶應義塾保険学会(前)理事長・庭田範秋先生であったのに対し(拙稿「お別れのことば」庭田範秋先生追悼文集編集委員会編『天道天運天命―庭田範秋先生追悼文集』慶應義塾大学出版会、2011年参照)、 Dr. Igar との出会いは私の後半生を決定づけました。とりわけ Dr. Igar の指導のもとで、英語が得意ともいえない私が、10年以上にわたる The University of Oxford を中心にしたイギリスの研究者たちとの「健康と福祉」に関する国際共同研究プロジェクトを立ち上げ、一応の成果を挙げえたことは、なにものにも代えがたい私の宝になっています。
20年ばかり前のことです。 Dr. Igar が顧問格で参加されていた少子高齢社会における家族問題に関する日米シンポジウムで、日本人研究者のほとんどが同時通訳付きの日本語で研究発表を行う中、私は大胆にも拙い英語で Quality of Family Life and Social Security in Japan というテーマでの研究発表を行いました。これが Dr. Igar の目に留まり、発表後、声をかけていただいて、先生との交流が始まりました。私は、先生が同窓の先輩で、国際的に著名な科学者であることを、それまでまったく知りませんでした。
Dr. Igar は、学部こそ違うものの、庭田先生とほぼ同じ時期に塾で学ばれたのち、アメリカに渡られ、30余年の間、 Baylor College of Medicine ほかの大学・研究所を拠点にした平衡科学、宇宙医学の分野で多大な研究教育業績を挙げられました。この間、毛利衛博士や向井千秋博士ほかの日本人宇宙飛行士の指導にもあたられ、1990年に帰国、翌年から日本大学総合科学研究所教授などを歴任されて、今は悠悠自適の日々を送られています。 Dr. Igar の国際的な活躍ぶりの一端を紹介します : HFS Society, Harvard Medical School Massachusetts Eye and Ear Infirmary 会長、 International Society for Postural and Gait Research 会長、Universities Space Research Association, Director, Space Biomedicine ほか。
Dr. Igar との出会いによって、一介の傍流保険研究者にすぎなかった私に、広い視野が開けてきました。皆さん、狭い「保険学界・保険業界」に安住していませんか。庭田・五十嵐両先生ならば目をむかれるような、還暦を過ぎて、著書(単著)も学位もない、どこかの大学教授連の戯言に付き合う暇があれば、『福翁自伝』を精読再読なさっては、いかがでしょう。さらに時間があれば、拙稿「保険学振興はいかにあるべきか」『砧保険論集』20集をお読みください。
Dr. Igar は『社会保護政策論』の中で「向上心こそ人類の宝」と述べています。実績に裏打ちされた( evidence-based )力強い言葉です。科学的根拠なき可能性を信じるのは子どもか愚者だが、 Dr. Igar が関わった人類の宇宙への挑戦は、私たちに夢と希望を与えてくれました。保険の枠を越えた向上心と挑戦の書『社会保護政策論』を、できれば、お買い求めになられて、是非お読みください。 Dr. Igar ほかによる知的刺激満載で、保険に対する認識が、コペルニクス的転回とまでは申しませんが、きっと劇的に変わるはずです。