TPPと経済・金融の構造問題

山口大学 経済学部教授 石田成則

 

 

 1980年代以降、国際的な金融市場の自由化が進展し、資金のグローバルな移動が促進されてきた。こうした傾向はアジア諸国でも顕著であり、新興国では挙ってこうした資金流入を歓迎し、豊富な資金を元手に設備投資の活性化から経済の成長を目論んだ。反面、一国経済のボラティリティを高め、景気動向を不安定化させた。株主重視の構造改革が不十分であったり、その進行が遅いと見るや、掌を返したように逃げ足速く資金は逃亡した。いくつかのアジア諸国が通貨危機を経験した後に、国際通貨基金(IMF)からの強い勧告もあり、構造改革が急速に進展した。これらの国々では、債務超過のリスクを避けるために、輸出主導の経済成長を企図して、経常収支の黒字を積み上げるように経済政策の舵を切っていった。こうした国策は、アジア諸国の経済基盤を強固にする一方で、米国や欧州の国々では経常収支の赤字が累積し、そのことが国際的にみた不均衡状況を醸成することになる。この不均衡状態が経常収支の赤字下でもドル高傾向を生み、それに惹き付けられた資金は米国金融市場に多様な形態で流通していった。金融工学を背景とした多様な証券化商品がその典型例である。こうした余剰資金の存在と、当時の米国FRBがミニバブル創出により景気押上げを図っていたことが相俟って、リーマン・ショックの素地を作ることになる。

 リーマン・ショック以前に仮初めの好景気を謳歌していたわが国では、米国発の金融危機の直後から、内需の弱さや円高による輸出減といった経済の脆弱性を露呈し始める。ゼロ金利政策やその場凌ぎの金融政策では手の施しようもなく、国と自治体の債務率200%超の赤字財政では財政出動も儘ならなかった。消費増税への駆け込みに加えて、資産効果に伴う国内需要増とアジア諸国への円安による輸出増は、今や景気浮揚の両輪である。消費増税後の需要減と、外資ファンドや海外機関投資家のリスク・オンとオフの切り替えの速さを思うとき、円安継続による輸出主導の景気向上は、わが国経済の死命を制するといっても過言ではない。

 こうした状況下でのTPP(Tran-Pacific Partnership)加入交渉である。米国からみて構造的問題を抱える流通慣行・商取引、金融取引、そして知財分野等において規制を緩和し「開国」するとともに、国際的な自由貿易擁護の姿勢を鮮明にすることが求められている。TPPは、シンガポール、ブルネイ、チリ、そしてニュージーランドの中規模国の相互自由貿易協定(二国間FTA; Free Trade Agreement)が出発点であり、これに成長著しい新興国・ASEAN諸国を加えることでその規模を拡大しつつある。交渉の対象はモノとサービスに拘わらず21分野の包括的なもので、多国間で一括合意を目指すものである。わが国の狙いとしては、強みを持つ品目の関税撤廃でアジアの成長を取り込み、輸出振興による経済成長戦略を強固にすることである。

 ただし、シンガポール、ブルネイ、チリ、ベトナム、マレーシア、ペルーとはFTAを締結済みであり、2重の縛りとなる感は否めない。また、米国による農作物関連品目での強硬姿勢で、雲行きは極めて怪しくなっている。現状では、明らかにGATTと同じ轍を踏んで袋小路に陥っている。このままでは、輸出主導の経済成長や貿易・経常収支改善も覚束ない状況にある。今年に入っても経常赤字に歯止めがかからず、30年ぶりの高水準となっている。経常収支の悪化は、外国人投資家による国債保有の増大をきたす。大量の国債売却の事態に至れば、一国の信用リスクから金利上昇によって財政赤字は拡大する。また、金融機関のバランス・シートの悪化と企業の資金調達難から、景気の腰折れやデフレへの逆戻りにつながる。

 わが国は90年代のGATTによる多国間交渉の蹉跌から学習して、FTAやEPAによる二国間での協議を重視する戦略転換を図ったのである。個別的な交渉を行えることから、間違った異質論や構造問題へ反論することも容易になる。現在は皮肉にも、TPPの交渉過程がこうした方向に進んでいる。そのため、5月にも予定される最終決着には紆余曲折も予想されている。多国間の共同歩調により、一国経済の構造的な特異性を浮き彫りにする戦略は限界を露呈している。

 

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