「変わらないもの」

第一生命保険株式会社

                   野口 直秀

 

 生命保険の募集では、保険の必要性を顧客に認識いただくことが、最も難しく、また最も重要と言われている。大まかに言えば、生命保険とは、病気や死亡など生活上のリスクを保険会社に移転する取引であるが、日々の生活においてこうしたリスクはあまり意識しないものだからである。
 蟻川常務理事が本欄『教授と学生とコピペと』で、夏目漱石の『吾輩は猫である』に出てくるやり取りをご紹介されているのを拝見し、このことを思い出した。主人公の苦沙弥先生が保険会社の勧誘を受けた際、「大丈夫僕は死なない事に決心をしている」と屁理屈をこねて断っている。あまり自分のリスクを直視したくないという気持ちが明治の世にもあったことが分かるが、これは時代を超えて自然な感覚なのかもしれない。
 面白いのは、苦沙弥先生は、保険会社や細君の前ではその様な対応をしつつ、姪の雪江に問われた際には「保険は嫌いではない。あれは必要なものだ。未来の考のあるものは、誰でも這入る。」と来月には保険に加入すると答えている点だ。
 リスクを出来るだけ考えないようにしつつ、家族のために決断して保険に加入する。先ほどの苦沙弥先生の屁理屈は、先生本来の偏屈な性格から来るものか、細君に対する気恥かしさなのか。家族を思いやる気持ちもまた、人間の本質なのだと思う。
 そして、保険会社の職員としては、多くの人に、時には立ち止まってリスクについて考えてもらい、誰かのために保険という形で生活の安定を提供する、そのお手伝いをさせていただければと考えている。

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