教授と学生とコピペと

常務理事   蟻川 滋

 

 『吾輩は猫である』――俳句誌「ホトトギス」に発表した夏目漱石の初めての小説。これを大学の生命保険論の講義に話題として例年取り上げている。保険の歴史を語る上で、明治時代の社会状況が良く分かりかつ生命保険の普及の様子も分かるので学生に勧めている。最初の年のこと。とくにヒントは言わないで生命保険のことが書いてあるから読んで感想を書くようにとだけ伝え、任意提出とした。

 ゴールデンウイークを過ぎるとぼちぼちレポートを出す学生が現れ、その中にしっかりした文章でかなり内容を的確につかんだ表現で感心する一枚があった。おまけに読みやすくワードで打たれていた。その後大方が提出し終わって全部に目を通したところ、ほぼ同じ内容の感想文が散見。それはWebで検索しそのまま拝借・コピーしたものだった。全く予想もしてなかったので、これがよく世に言われるコピペ(コピー&ペースト)かと。知らぬは○○ばかりなり。貴重な教訓を得たので次からは必ず手書きを指示・指導、そして任意の課題とはせず授業中に該当箇所を複写して配付、全員にその場で書かせることにした。

 「猫」のほんの一部を参考までにコピペすると、「・・・「又小供の癖に生意気を云う。どうもこの頃の女学生は口が悪るくっていかん。ちと女大学でも読むがいい」「叔父さんは保険が嫌きらいでしょう。女学生と保険とどっちが嫌なの?」「保険は嫌ではない。あれは必要なものだ。未来の考のあるものは、誰でも這入はいる。女学生は無用の長物だ」「無用の長物でもいい事よ。保険へ這入ってもいない癖に」「来月から這入る積つもりだ」「きっと?」「きっとだとも」・・・」。

 このようにWeb検索で「猫」の全文を見ることができ、その中から必要箇所がコピーでき大層便利である。書く(打つ)手間が省けたのであるが、ここでは一応コピペした部分を、新潮文庫(株式会社新潮社発行、平成23年印刷)で確認し、ルビをふるところや漢字が異なっていたところがあったので文庫本に合わせた。漱石が「猫」をホトトギスに連載しはじめたのは明治38(1905)年、38歳のとき。若干前後するがこのころは、福澤諭吉の創刊した「時事新報」に保険が流行している様子や葬儀場への道端に生命保険会社の広告がある光景を描いた漫画が掲載された。また泡沫会社と言われたような保険会社が多く設立された。会社間競争が激化するなど、一般に保険が広まってきたことがうかがえる時期、一方保険業界を健全な方向へ導くようにと保険業法が施行された時期でもあった。

 ところで学生ばかりではなく、某国立大学教授がまさにコピペして多くの論文を無断引用し学位論文を仕上げたという新聞記事を見て愕然とした。保険関係者でなくちょっぴりホッとしたが、他人・先人の研究を努力しないで自分の研究の如く振舞い、学位論文を甘く見て安易に考えるようでは困ったものだ。また、少々前のことであるが、魔が差したと言って謝罪はしたもののその後も度々平気の平左でテレビ出演等を続けている小説家何某のことなど、ときどき有名人のコピペも見られる。昔々、和歌・俳諧の世界では本歌取りという技法が流行ったが、これは並はずれた奥行の深い教養が裏付けされて単なるコピーでなく、オリジナルに敬意を明確にしての賜物なのだ。今日は文化の日の祝日である。

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