儒教思想と中国人の保険観

慶應義塾大学 通信教育部非常勤講師(本学会幹事)

                                        塔 林 図 雅

 

 今日の中国社会は大きな変動期に差し掛かっており,しばしば中国型社会経済の発展に、儒教が広く影響してきたと指摘される。儒教思想といえば、始祖の孔子を想起させられるが、それは二つの側面、つまり宗教的と文化的な側面を有する。儒教は中華思想の根底に流れており,人々の価値観や生活観に多大な影響を与えている。

 さて,儒教が中国人の保険観にどのような影響を与えるのか,次のいくつかの視点から考えることとする。

 まずは,祖先を重んじるという儒教の宗教的側面が,中国人の観念に深く影響した。「孝」を核とする家族観と血縁重視の文化が根強いため,家庭構成員に万が一発生する病気・ケガや不慮の事故などのリスクに対して,家族さらには親族間での助け合いを通じて対応し回避する意識を有する。このようなリスク意識は,民間保険本来の自助努力のためのリスク回避手段、という性質とは相いれない部分が存在する。つまり,自由と公正を崇拝する個人主義尊重の西洋社会と異なって,社会形成の最小単位は家庭・家族であるいう考え方は,人々の保険意識に多面的影響を及ぼすとあると考えられる。

 次に,儒教の文化的側面における祖先への崇拝と親への尊敬は、子孫の美徳とされ、この三者の結合が、脈々と流れる命の続きを示唆しており、「死」への恐怖や不安から生じる「死」の回避という伝統的な考え方が根強い。そのため,死亡保障型の保険商品が売れにくい風土が形成されていると考えられる。

 一方で,現代中国人の消費意欲は旺盛であり、株式・ファンド投資や不動産投資がブーム化し,過熱化し続けている。その現象から,保険も1つの投資手段として考えられ,個人の資産増加を図る一種のツールになっているため,貯蓄性・投資性の特徴を有する保険商品が好まれる傾向が強い。

 儒教思想は中国2000年の歴史に刻みこまれ、中国人の人生観・価値観に多大な影響を与えてきたが,それは中国人の保険に対する捉え方,つまり保険意識をも特徴づけることとなったといえよう。

 「保険の発達は文化の尺度」といわれるが、異なる文化が多様な保険観を育んできたことは、誠に興味深い!

ページの上部へ戻る